父帰る/屋上の狂人 

 2006/04/25 シアタートラム

『父帰る』

優しい音楽が流れ、舞台がぼんやりと浮かびあがります。
明治時代の薄暗い茶の間、晩ご飯の前にちゃぶ台の前でひとり新聞を広げる男。
開演直前の喧騒がウソのように静かになりました。針1本落としても聞き分けられそうなシーンとした場内。人の息遣いまでもが聞えそう。
この静けさを剛本人も感じていることでしょう。
最初ほんの少しだけ剛の方言に違和感を感じたのは、お母さんの梅沢さんがあまりに自然だから。でもすぐ違和感はなくなりました。
髪をきちっと分けた長男・賢一郎。お父さんが借金して女を作って家を出ていってから20年、この家を支えてきました。
そのおかげで弟も立派に育ち、妹も器量よしで縁談の話も来ています。

弟・新二郎が帰ってきて、お父さんの昔の知り合いがお父さんらしき人を見かけた、といううわさを耳にした、と話します。
お父さんはもう死んだものとして暮らしてきた母と子。昔の逸話はいろいろあれど、家出してから20年。
袴を脱ぎながらの自然な芝居の勝地くん。なかなか堂に入ったものです。
夕ご飯になって、弟と酒を酌み交わす賢一郎。落ち着いた長男の雰囲気がよく出ています。本当に優秀な兄弟なんだなー、お母さんも安心。

妹が帰ってきて男の人が外に立っていた、と。
「どんな人だ?」
「背の高い人や。」
新二郎があわてて外を見ますが、誰もいません。さっきまで話をしていたお父さん?
昔のことはもう言わんといてください、と賢一郎はきっぱりと言います。

そして。
「ごめん。」低い男の声。「おたかはおらんか?」
父が帰ってきたのです。
お母さんは喜びを隠せないようす。父を覚えていない弟と初めて会う妹は、お父さんの出現に心が躍ります。
「親はなくとも子は育つとはよう言うたもんやな。あっはっはっ!」お父さんの言葉に賢一郎の表情が明らかに変わってきます。
調子のいい父親の言葉を黙って聞いていた賢一郎。それを受け入れる母、弟、妹。
賢一郎にその酒をさしてくれんか、と言う父。
動かない賢一郎に代わって新二郎が酒をついであげますが。

「やめとけ。」搾り出すような賢一郎の声。
自分たちに父親(てておや)はおるわけはない。これまでの苦労の数々。母子が身投げをしようとしたこと、幼い頃から働いてきたこと。
新二郎も小学生のとき教科書も満足に買えなくて写本を持っていったこと。
でも新二郎にとってはそんなことより年老いた父親のほうが大事。
「わしに父親がおるとしたら、それはわしの仇じゃ!」賢一郎の口からはこれまでのことが息せき切ったように出てきます。
ひもじいこと、つらいことがあると、『みんなお父さんのせいじゃ。恨むんならお父さんを恨め。』とお母さんが言ってきたのです。
一生懸命勉強して、自分たちを捨てた男を見返そうとがんばってきた賢一郎。
父親に捨てられても一人前な人間になれるということを知らせてやりたいから。
20年前、父親は借金して、情婦を連れて出て行った。自分名義でお母さんが貯めてくれてた通帳までも持って。
見も知らぬ他人が家に入ってきて父親面して、何でお父さんと言えるのか。
「わしはお前(弟)がなんと言っても父親はない!!」力強い言葉に心臓つかまれる感じがしました。
黙っていた父は、立ち上がって「生みの親に対してよくそんな口がきけるな!」と怒り心頭。
「生みの親と言えるのですか?」ここで初めて父に向かって直接話した賢一郎。そこから感情はますます高まっていきます。
「20年前に父という権利を捨てた人に、わしは誰の世話にもなっておらん!」
もういい、と出ていく父。追いすがる弟たち。
それでも賢一郎は止まりません。父親からげんこつはもらったことがあっても愛されたこともない。
「新二郎の世話をしてきたのは誰だ!お前にとっての父親は誰だ?わしだ!その人の世話をしたかったらするがいい。しかし、お前とは口をきかないぞ。」
その人と一緒に出ていくがいい・・・。
父だって、負い目がありますから、賢一郎の心を溶かすことは無理だと判っています。
「わしとて子供にやっかいにならんでもいい。」と出ていこうとする父親。

泣く母親、妹。
「お金はあるのですか?」何とかしたい新二郎は必死です。
父親は落ち着いて静かに話しますが、自分のことは自分でする、と出ていきます。
賢一郎は座ったまま動かない。涙も何もかもぼろぼろ・・・。感情がどんどん高まっていくのがわかります。
賢一郎とて母や弟妹の気持ちは痛いように判るのです。
「兄さん・・・!」
これまで苦労してきた、恨みは山ほどある、でも、父の帰りを一番待っていたのは自分なのです。それに気がついた賢一郎。たまらなくなって叫びます。
「新!行って、お父さん呼び返して来い!」
兄のその声に飛び出していく弟。
見えん!とすぐ戻ってくる弟。
「何?見えん?!見えんことがあるもんか!!」
一緒に飛び出していく賢一郎。

そしてタイトルがバックに浮かびあがります。『父帰る』


終わった瞬間の全員のひとこと。「すごーい!!」
こんなに声が出るのに、何で歌の時は・・・なんて言ってごめんなさい、剛くん。


『屋上の狂人』

屋根の設定なので、前から8列目くらいの私たちのちょうど目の高さあたりに屋根があり、真正面に天真爛漫で無垢な義太郎がいます。
世間体を気にするお父さんは無理やり降ろそうとします。座敷牢に閉じ込めておくこともできず。
でも義太郎は屋根の上が大好き。下で騒ぐ父親たちのことなんか、どこ吹く風。
「雲の中で金比羅様の神様が踊っとる。わしを呼んどるー!」
屋根の上で両手を振ってブイブイ踊ったり、落ちそうになったり、こっちがドキドキします。
遠くを見つめる目がこっちを見てるようで、ほんわか、あったかな剛の雰囲気を満喫。いいなー、剛。
キツネが憑いとる、とかサルが憑いとる、とかいろいろ言う父ですが、そこに隣人の藤作さんが登場。
漁師らしく、顔から胸まで赤銅色に色のついた高橋克実さんは出てきただけで笑いを誘いました。
今この島にきている巫女さんに御祈祷してもらったらどうだろうか、と話を持ってきた藤作さん。
義太郎を屋根から降ろそうと上がってきた使用人と屋根の上で鬼ごっこ。楽しいぃー!
「いやや〜!天狗様にひきさかれるぞぉー!」本当に見てるこっちが幸せになる笑顔の剛です。
いつか屋根から飛んだことがあって、そのまま足に障害を負うことになってしまった義太郎だけど、そんなことは全然無頓着です。
巫女さんがやってきてました。金比羅の神様を自分に乗り移らせてお告げをすると言う巫女さん。
庭の竹の長いすに座っている義太郎が、こけそうになってあわあわしたり、目が離せません。
巫女さんの素っ頓狂な声に呼応する義太郎がいいな〜。
松葉を燃やしてくすべると憑いてるキツネが去るとのお告げ。
神様の声はそんな声じゃない!なんて無邪気な義太郎ですが、燃やした松葉の煙の上に無為やり顔を持っていかれる義太郎。
でもどさくさに紛れて使用人がくすべられていました。
そんなごたごたの最中に帰ってきた弟の末次郎。またバカなことをして!と怒って松葉をふみつぶします。
神の冒涜だと怒る巫女さんなんてほっといて。
兄さんは、屋根の上にいるだけで楽しいんです。
「こんなに毎日喜んでる人が日本中におりますか?万一正気に戻ったとしたら、日本中で一番不幸な人になります。」
バチが当たると騒ぐ巫女さんを蹴散らす末次郎。あんなのインチキ巫女だと言う末次郎の言葉を両親も納得します。
そんな中、また屋根の上で幸せそうな義太郎。
あたりは夕暮れになっています。
普通なら煙にくすべられたりしたら怒るところをもう忘れてるのが義太郎。幸せな兄さんを見て弟も幸せになります。
「金比羅さんに聞いたらあげなおなご知らんゆうてたぞ。」
「そうやろ。神様は兄さんに乗り移っとるんや。」
「雲の中に金色の御殿が見えるやろ。綺麗やなー。御殿の中からわしの大好きな笛の音が聞えてくるでー。えい音色やなー。」
うん聞えるわ〜。


幸せは人それぞれ。私たちはこういう舞台が見られて幸せです。
いい2本でした。すごく毛色の違う役をこうも見事に演じわけられてすばらしいです。
脇役陣もすばらしく、丁寧に作り上げていった感じが伝わってきました。
またパンフレットが読み応えあって素敵です。堤さんとの対談読んでてすごく嬉しくなりました。
あと2,3回は見たい!本当に。

p.s. 剛、髪の毛が増えたましたね(笑)?



 千住明個展コンサート2006 

06/04/26 東京芸術劇場大ホール

幸運にも昨年に続き今年も参加できました。
昨年はじめて個展コンサートを開いた千住さん。その後、再演の要望が多く寄せられ、また、自分の作品たちに命を与え、生かしてやるのも自分の務めだと考えてまた今年も開催する
ことにしました、と。
会場は昨年より大きく、そのうえ2回あります。今後も続けていきたいとおっしゃっていました。
去年は中居さんからの花を見ることができましたが、さすがに今年はありませんでした。過去を振り返る男じゃないですからね、ヤツは(笑)。
千住さんのおなじみの曲の数々も生で聞くとまた違います。
千住さんは相当しゃべりたいことがたくさんあるようでしたが、そこはしゃべりに関しては素人なので、ぎこちなさがあるのは当然で時間も結構押してしまってました。
スタイルもよくなったのかしら、2回お色直しをして、ネクタイも色も変えてきて、おしゃれさんでした。
ゲストはこれまたおいしいゴスペラーズ。ファンの方も結構いて、きゃぁ〜って声も飛んでいました。
せっかくだから、♪たったひと〜つ・・・って歌ってほしかったけど、ま、それは無理でしょう。やっぱり歌のうまい人ってすごいなー、歌手ってすごいなーなんて思いました(笑)。
最後は羽田さんのピアノによる「宿命」。「SMAPの中居くんが演じた・・・」という一言だけだったけど、それで満足です。
何度聞いても感動の曲。和賀英良は、やっぱりそこに生きていました。


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